一章 −鞄持ち− :三幕


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石畳の敷き詰められた、みてくれだけを考えて全くもってカバン持ちのことなど考慮していない、具体的に言えば、小さな車輪を転がすのに向いていなさすぎる
展望台。

憩いの場としてそこにあるくせに、何故か面白いほど賑わっていない様は、カバンと言葉を交わすのにうってつけだという以上に、ざまあみさらせという感じだ。

ただでさえ重いのに転がし難い上、終いにはカバンから揺らすんじゃないと文句を言われ、結局抱えて移動させる羽目になった僕の心労の、これは報いだろう。

「でも本当に、所々石が抜けてて、これじゃ危ないですね。どうして放置されてるんでしょう」

「閑古鳥に出す金はないんだろう」

「出し惜しみをするから鳥さんが住み着いちゃうんじゃないですか?」

「巣を構えるのに最適な場所を、ご丁寧にこさえてやったせいだろう」

親が先か子が先かみたいな話だ。

「"格好"の場所、なんちゃっ――いたいっ、蹴らないでください! けら……蹴らないで! 謝りますから!」

カバンのくだらない戯言を文字通り一蹴し、僕は展望台を後にする。

それから、まずまず食える店で律儀に金を払って飯を食い、甘ったるい臭いを放つ菓子店を次々素通りし、その都度身を揺らして抗議するカバンを蹴っ飛ばし
つつ、僕は手頃そうな宿を探した。

おあつらえ向きというか、しつらえたように、例の白塗りの建物と同じ通りに面した宿の、それも一番安い部屋が丁度空いていて僕は迷わずそこに部屋を取った。

「さ、てと……」

可もなく不可もない部屋の、一応といった具合に整えられたベッドに腰を下ろす。

意外と、軋みはしなかった。

「またシングルの部屋取りましたね?」

「何だよ、文句――」

「ありますね大ありです。私達は二人なんですよ? いい加減――」

「いい加減にするのはお前だ。ダブルは高いし、ツインは論外だ。大体何がそんなに気に食わないんだ。そんなちっこいなりして、一人前のベッドなんていらん
だろ。お前なんかひしゃげたクッションで事足りるさ」

「色々と言いたいことはありますが……そういうことじゃないでしょう?」

「どういうことだ」

「部屋が一つなのには目をつぶりますが……」

「つぶる目もないくせに」

「……つぶりますが! 女性と同じ部屋で寝泊まりするんですから、せめてベッドくらい分けてくださいよ」

「論外だと言ったろう。いいか、お前はカバンだ、お荷物だ。いい加減理解したらどうだ」

一人で宿に来て、ベッドが二つある部屋に泊めろなんて言えば、頭のおかしな奴だと思われるだろう。

まあ、おかしくないとは言わないし、言えないし、そもそも言う心算もないが。

「……本当に――あなたはいつになったら気の使い方を覚えるんですかねぇ」

「本当、いつになったらお前は気の回し方ってのを覚えるんだろうな」

「何ですか、またそんなこと言って。……もう一緒のベッドでなんて二度と寝てあげませんからね。今夜だって、ベッドはわたしが使いますからね」

「じゃあ僕はどうするんだよ」

「あなたはひしゃげたクッションでも枕にして寝たらいいんです」

妙に機嫌が悪いカバンだ。何でかは――まあ、解らないわけはない。

「お菓子を買わなかったくらいで癇癪を起こすな。子供じゃあるまいし」

「あなたが大人気ない大人過ぎるんです。大人ぶってないで大人しくしていてください」

頭のお菓子な奴だった。




そんなこんなで床に転がったままうんともすんとも言わなくなったカバンを眺めている内に、窓の外は夜の色に変わった。

――夜十時。

約束の時間まで、後二時間程。

僕はシャワーを浴び、夕方頃に宿の食堂からくすねてきていたサンドイッチを頬張りつつ、考える。

彩宝珠――あの、おぞましい程に美しい宝石。

あれを、僕は手に入れなければならない。取り返さなければならない。奪い返さなければ――奪い直さなければならない。

その在処に、今夜はどれだけ近付くことが出来るだろうか。

あるいは、どれだけすれ違うだろうか。どれだけ突き放されるだろうか。

力を持った、力を持ち過ぎた宝珠であるだけに、その存在だけでなく、情報の一切は秘匿され、隠匿され、隠蔽されていて、普通に探していてはまず
見付けられない。

直接彩宝珠に関わった者でもなければ、その存在を知る者はほぼ皆無だと言っていい。

何故ほぼかと言えば、無関係にもかかわらず知っている者というのが、確実にいるからだ。

今から会おうとしているところの、レディジェムもその一人だ。

彼女――レディとかクイーンとか言われるくらいだから女なのだろうが――が、ただ単に宝珠の蒐集を目的としているだけの人物だとして、彩宝珠の存在
にまで辿りつけたというのは、想像を絶するところがある。

だから、当然疑うべきものとして、彩宝珠を知るべくして知っている人間が裏で関わっている――裏の裏で関わっている可能性を考える。

心当たりは、いないわけではない。

しかし、今ここで絞り込めるところまでは至らないし、レディジェムが自力で辿り着いた可能性もまた、捨て切れはしない。

結局は、会ってみるまでは解らないか。

レディジェムの正体如何によっては、会いに行くこと自体が憚られるのだが……使いの人間にもっと探りを入れておくべきだった。

一筋縄ではいかない感じの男ではあったが、あの時の僕の対応が最適手だったとはとても思えない。

突然現れて、よりにもよって彩宝珠に関する話を持ち掛けてくる人間がいるとは思わなかった。動揺したというより、ほとんど思考停止していたと言っても
いい。

取るものもとりあえず、こちらの素性を――主に僕の過去を、カバンの正体を、どの程度掴んでいるのかを探るのがやっとだった。

どうやら、僕の過去はある程度ばれているらしく、やんわりと、と言うか慇懃無礼な物言いで脅しをかけられた。

端的にはこういう内容の脅迫である。

『会いに来なければ、お前の居場所を当局に通報する』

お尋ね者の僕が今そんなことをされては困るのは確かで、そうなれば会いに行く他選択の余地はないのだが、それでも。

相手によっては――もし相手が“あの件”を知っている人間ならば、カバンの正体を隠し通すために、出来れば回避したい密会である。

もちろん、僕が再び追われる身として切迫するようなことになれば、そして捕まりでもすれば、カバンの正体なんて露見してしまうだろうから、結果は変わらない。
どの道、この密会は避けられない。心構えとして、気分の問題として、相手の素性をもう少し知っておきたかった、というだけの話だ。

「はぁ……。――おい」

転がっているカバンを蹴る。

「寝てるんじゃないだろうな。そろそろ時間だ」

「……寝てません。拗ねてます」

いつまでも、頭のお菓子な奴だった。








[to be continued]



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