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木下秀人は我が家の玄関を出てすぐの道端で立ち尽くしていた。
何か本でも買おうかと思い立ち、彼が家を出たときにはズボンのポケットに確実に入れて持っていて、
今もそこに入っているそれと酷似した財布が――道端にも落ちていたからである。
拾い上げたそれは、やはり限りなく彼のものと似ていた。
中を覗くと中身までほとんど彼の財布と同じだった。
とりあえず念のためズボンのポケットに入っている方の財布と照らし合わせてみるが、財布の傷や汚れの具合まで全て一致するということが分かっただけだった。
首を傾げる。
結局自分の部屋にとんぼ返りした彼は、床に二つの財布を並べて、その前に座り込みそれをじっと見比べる。
だが眺めているだけでは答えが出るはずもなく、もう一度手に取り調べてみる。
やはり、二つは同じものとしか言いようがなかった。が。
「ん?」
拾った方の財布にはもう片方には無い一枚の紙が入っていた。これには全く見覚えがない。
紙には携帯電話のものらしい十一桁の番号が書いてあるだけ。とても流麗な字だ。
手がかりになりそうなものが現状これしかないことから、彼は試しに紙に書かれた番号に電話してみることにした。
携帯をポケットから取り出す。
「……もしもし」
待ち構えていたかのように一コール未満で電話に出たその声は、女性のものだった。
それも、まだ幼い感じの。
「あ、も、もしもし……」
「お待ちしておりました。木下、秀人様で間違いありませんか?」
「え? あ、はい…そう、ですけど…」
「あの…どちら様で…?」
秀人は恐る恐る聞いてみる。すると、電話口の女の子はコロコロと笑って、
「そちらからおかけになったのに、どちら様とはおかしいですね」
「あ、いや、その…」
秀人はわけがわからずうろたえてしまう。声からは幼い印象を受けるのに、口調が妙に大人びているというのも彼を余計に動揺させる。
「フフッ…」
女の子が小さく笑い、
「申し遅れました。わたしはユキと申します」
「ユキ……さん……」
知らない。
秀人にそんな名前の知り合いは居なかった。
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