一章 −鞄持ち− :二幕


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この国の首都へ訪れるのは、これで三度目だ。

一度目は、僕が初めて『虹』を見た時。

二度目は、僕がここの『闇』を見た時。

そして、今。僕は向かうべき場所を見定めている。

そもそも僕が何故、クソ重いカバンを引き摺り回してまで、クソつまらない道を歩いてきたかと言えば、とある人物の顔を拝むためだった。

そのために遥々、国の端のど田舎から、国の中央――首都を目指してやって来たというわけだ。

この国は広い。もし仮に端から端へ歩かされていたらと思うとぞっとする。

「んで、何て言ったっけか? 例の情報提供者」

「もう忘れたんですか? 蒐集家――"レディジェム"とか"ミス・ミュージアム"とか"ジュエルボックス"とか呼ばれていると」

使いの人は言ってましたね、と、カバンは言った。

その、蒐集家。

この国の人間が、成人する時に一つだけ与えられる『宝珠』――言わば成人の証となる宝石を、とにかく集め倒しているという。

宝珠は、基本的に自分以外の誰かから贈られるものだ。

親が子に贈る場合もあれば、師が弟子に贈る場合もあるし、それ以外の場合もある。

色々な場合があるから、宝珠の出処というものも様々だ。

何代も受け継がれるような宝珠が贈られる場合もあれば、修道院なんかで洗礼を受けたありがたい宝珠が贈られることもあるし、
契りの証や形見として贈られることもある。

そういうものである宝珠を、手当たり次第に集めている、と。

「ああ、そうだったな。しかし、そんな渾名みたいなので本当に探せるのか?」

「使いの人自身も本名を知らないくらいですから、逆に、彼も言っていた通り、その名前で通るということでしょう。渾名というより、
通名ですね」

「どうだかな。どちらにせよ、まともな奴じゃあなさそうだ」

「あなたが言えることじゃないでしょ、と、言いたいところですが、残念ながらその感想、というか想像は、的外れでもないようなんです」

「何だそれ」

「実はわたし、前にその人の噂らしきものを聞いたことがあるんです」

「へぇ。どんな」

「もっとも、その噂は"オーブクイーン"という通名の人物のものだったのですが、恐らく同一人物でしょう」

「いくつあるんだよ、そいつの通名は」

「さあ。使いの人が言うには、レディジェムというのが一番通りが良い名だそうですが」

「まあ、それだけ有名だってことか」

「そうですね」

「で? 具体的にどんな内容だったんだ、その噂ってのは」

「具体的、と言うほど実のある噂ではなかったんですが……何でも、表側の人間ではないということでした」

「表? どういうことだ。通名の印象で勝手に宝石商辺りだと予想してたが」

何も宝珠の全てが、特別な経緯で贈られるものだというものでもない。

むしろ、特別な経緯を持つ宝珠が贈られる場合というのはそう多い例ではない。そういう宝珠は、誰でもが得られるものではないのだ。

あくまでも、宝珠は『成人の記念』であり、『成人祝』であり、『成人の証』でしかない。

確かに『成人の証』として贈られる宝珠は、持ち主に特別な力を与えるが――そう言う意味では宝珠が宝珠であるというだけで特別だ
とも言えるのだが、特別な出処なり歴史なり祈りなりを孕んだ宝珠だけがそうだということではなく、兎に角『成人の証』として贈られた
宝珠ならば、どんな宝珠でもいいのだ。

では、他の、いわゆる普通の人間は、どうやって宝珠を贈り、贈られるのか。

つまり、大半の宝珠はどういう道を通って贈られるのか。

当たり前と言えば当たり前だが、最も多いのは、宝石商から買った宝珠を贈る、という場合だった。

採取人と呼ばれる者達によって集められた原石を、専門の職人が宝珠へと磨き上げ、その宝珠を宝石商が仕入れる。そういう、
ごくごくありふれた道を辿ってきた宝珠を親が買い求め、我が子へ成人の証として贈る、と。

だから、宝珠が集められている場所と言えば、まず真っ先に思い浮かぶのは宝石商なのだ。

宝石商。

この国にとっては、ある種の公営事業とも言えるそれではあるが、あるいはだからこそかもしれないが、宝石商と一口に言っても、
その数は多い。

店を構える宝石商は言うに及ばず、行商という形で商いをする宝石商も数多くいる。

ということは、言うまでもなく、その規模も大小様々である。

とどのつまり、僕は話に聞く"レディジェム"だか誰だかを、そういう宝石商の中でも特に大きな力を持つ一人――優れた商才を持つ
女商人だと想像したわけだ。

だが――表側の人間ではない。

別に宝石商は――宝珠を売買すること自体はアングラな商売ではないし、アングラな方法で宝珠を売買している者を、宝石商とは呼ばない。

裏側に、宝石商はいない。

では表側の人間ではないとはどういうことか。

宝石商ではないということだ。

「宝珠を集めているという点では同じなのですが、それを他人に売るようなことはしないようです。つまりはコレクションとして、集めている、
蒐集しているようです」

蒐集家。ミス・ミュージアム。ジュエルボックス。確かに、その辺りの名から、売るという要素は見えない気はする。

「要するに、違法な手段で宝珠を集めているのか。よくて脱法、グレーな方法で集めていると」

まあ、宝石商にしたって、裏のある奴が多い業界ではあるのだが、それでも宝石商は宝石商。腐っても、御国から認められた、れっきとした
職業だ。

「そういうことでしょうね。色んな意味で、只者じゃない……用心していきましょう」

「そうだな。なにせ、僕達のことを知っていて、使いまで寄越すような奴だからな」

「はい……情報を提供する、とは言っていましたが、多分、わたし達の目的を――もしかすると、わたし達の素性まで知っていて、情報を
餌にしておびき寄せる心算かも知れません」

僕達と同じ物を探している人物だとすれば、そう考えるのが妥当だろう。

いくら有名な宝石持ちだとしても、“あれ”を――彩宝珠を持っているとは思えない。

だとすれば、あちらも彩宝珠の情報を求めていて、それを知っていそうな僕達にコンタクトを取ろうとしている可能性が高いはず、というわけだ。

「どんなに穏便に考えても、情報交換だろうな。こちらの知っていることも吐かされるだろう」

善意で情報をくれるだけ――そんな気色の悪い、ぞっとする行いをする人間というのも、もはや人間ではないと思える程度には危ない奴なのだが。

「不穏な方に考えるのなら、知っていることだけ吐かされて、後は邪魔者扱いで闇に葬られる、ってのも、十分ありえるな」

こちらの方が、まだ人間らしい。

「ですね。兎に角、用心して行きましょう」

「で、どこかな? あの使いが言ってたのは」

「使いの方との待ち合わせ場所ですね。この展望台から西の方に見える、目立つ白塗りの建物が目印だって言ってましたけど……」

レディジェムの使いから聞いた内容は二つ。

一つは、彩宝珠の情報を提供するから、僕達と話がしたい、という用件。

そしてもう一つは、そのために落ち合う場所と時間だ。

「ああ……多分、あれだな」

中央都市だけあって、大きな建物が数多立ち並んでいるが、白塗りというのは、確かに少ない。そして見事に、西側には白塗りの建物は一棟しか
見えなかった。

「見えましたか? その建物の裏手にある、“コフレ”という酒場に、夜十時でしたね」

「そこで落ち合ってから、主のいる場所へ案内する、と言ってたな」

直接居場所を教えないのは、単にそこが解り難い場所だというだけなのかもしれないが、表側の人間ではない、という噂に信憑性を与えるものでも
あった。

まあ、何がどうであれ、行ってみるまで、会ってみるまでは、何とも言えない。

なるようになるだろう。

「ところでユーリさん、今何時ですか?」

「一時。昼の」

「どうします? まだ時間もあるし……宿、とります?」

「そうだな。先方が泊めてやると言ってきても、断ることにしよう」

「じゃあじゃあっ、お部屋で食べる用のお菓子、買って行きましょうよ」

カバンがはしゃぐ。カバンのくせに、お菓子ではしゃいでいる。

「宿代と、飯代次第だ」

「安い宿と臭うご飯でいいですから、おやつだけは確保しましょう」

「ばーか」







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